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岩間寺問題の経緯

〜こうして醍醐派管長仲田順和師は、岩間寺の住職になった〜

 去る平成19年1月20日、私たち岩間山正法寺(以下岩間寺)檀信徒の信奉する田居龍空住職が急逝されました。龍空住職は温厚な方で、檀信徒からの信望も厚く、関係者の悲しみは大変なものでしたが、副住職を喪主とし、葬儀はしめやかに執り行われ、後継者についても副住職がなるものと誰も疑いをもっていませんでした。

 岩間寺と醍醐寺の関係は、岡田宥秀管長時代より前麻生管長及び仲田順和宗務総長就任当初までは正常且つ円滑に進めて参ることができました。

 しかし、次第に岩間寺からなされる役員申請、各種届出等の取扱いに関し、無視及び拒否が執拗に行われるようになりました。

 田居龍空住職は生前、寺院規則に則り申請を続けていましたが、本山からの任命書は昭和六十二年以降、発行されていません。それでも田居龍空住職は、申請を再三行い、任命書の発行を待っていましたが、結局本山からの任命書は一切なく役員の空席がつい今日まで続きました。

 そして、田居龍空住職が急逝、その百ヶ日忌も明けない平成十九年四月、仲田順和管長(兼西国十一番上醍醐寺住職)の代理人(醍醐派顧問弁護士)から副住職田居妙淨・龍空住職の妻田居良子(責任役員)両名に対して、仲田順和管長が岩間寺住職に就任したため直ちに岩間寺境内から退去せよ、という内容証明が突然届き、退去期限終了と同時に明け渡しの裁判が仲田管長から提起されました。

 岩間寺の役員より申請された役員選任願は無視され、田居住職の死後六十日足らずの平成19年3月20日付けで岩間寺と無縁の仲田順和管長が、「混乱している岩間寺を正常化するため」という理由をつけて自らを推薦し住職に任命されていたのです。

 さらには、龍空前住職の選任していた役員申請は長年に亘り無視し、新たな役員に壁瀬宥雅宗務総長、長瀬福男広報室長、清水紀尚出版室長等、いずれも醍醐寺の職員や岩間寺と無関係の者たちを任命しました。

 この明け渡しの裁判は、実体審査に踏み込んだ判断が全くなされず、宗制に定めるところの管長の住職任命権より管長の任命書もあり登記されている≠アとのみを理由として両名の境内よりの退去が確定しました。

 判決が確定した直後には仲田順和管長より強制執行の通知が届き、境内至るところへ強制執行通知の張り紙が張られ、平成21年3月4日、早朝よりトラック十台以上と作業員数十名が配備され、両名の追い出しがなされました。

田居龍空山主 在りし日の田居龍空山主。
温厚で優しくご本尊と檀信徒のことを心から考えて下さる、僧侶の鏡のような方でした。
皆が慕っていました。
また、山内整備にも尽力された岩間寺の中興といってもよいと思います。