TOPページへ

檀信徒の位牌を本堂から追い出す

〜その呆れた言い分〜

 平成22年1月19日の正午過ぎ、前龍空住職の奥さんである田居良子さんを「岩間寺よりの使い」という男が突然訪ねてきた。
 その男(以後Aと呼ぶ)は、玄関先でいきなり良子さんにこう切り出したという。

 A「今日は龍空住職の祥月命日なのに檀信徒だれも岩間に参らないとはどうゆうことだ。さんざん世話になったのに恩知らずだ。」と。
 良子さんは、命日でもない日に突然理不尽なことを一方的に言われ、ただただ呆気にとられ、Aの顔を見ていた。
 すると、Aはこう話を続けた。
 「ところで、岩間寺の本堂にある檀信徒の位牌だが、(自分が)感じるに成仏されていない。観音様に近すぎて居づらいといわれているので、外に出すから。」

 …良子さんは呆れて言葉も出ず、Aの顔をじっと見ていると、挨拶もせずAはそれだけいうと立ち去ったという。
 Aは、住職の仲田に言われて来たのか、自分の考えで来たのかはわからないが、檀信徒のご先祖が成仏していないなどと恥ずかしげもなくいうとは、今までどんな思いで神仏に手を合わせてきたのだろうか。
 本当にそう思っているのだろうか。それとも檀信徒の位牌を本堂から出すために良子さんの同意をもらいたかったのか。同意なく放りだせば、「たたりがある」とでも思ったのか、…いずれにしても非常識且つ気の小さい男である。
 これが、Aや醍醐寺の宗教観に基づく考えならば、宗教者としての資質を疑う。言語道断な話である。

 仲田には、檀信徒の位牌が皆の目につく場所にあっては困る理由がある、といえばあるのである。

 なぜなら、仲田が岩間寺の住職になりえた根底には、「岩間寺には檀信徒も信者も誰もいなかったことが絶対条件であり、仲田はそう決めつけて規則を無視して住職になったからである。だから、おかしな話だが檀信徒の存在が脅威でもある。
 そして、自らの住職就任に異議を唱えた檀信徒だけでなく、その先祖まで憎くなったのか。逆恨みも甚だしい話である。
 万が一、Aの言うように檀信徒のご先祖が岩間寺に居づらくなられているとして、その理由は何か。
…それは、仲田自らが住職になり、醍醐寺が土足で岩間寺の歴史も慣習も踏みにじって支配したからではないのか。
 仲田は住職になって一度も岩間寺のご本尊に従事したことはない。日々の管理は、役僧任せで、ろくに勤行もせず、仏飯、お茶蕩も供えず、ほったらかしで、賽銭や布施は醍醐寺に持ち帰られている。そんなところに、置かれれば、檀信徒の御先祖が困惑されるのは無理もない話である。

 檀家は烈火の如く怒っている。仲田や醍醐寺が岩間寺の檀信徒の存在を認めなくとも、私たちは仲田の知るずっと以前から岩間寺の檀信徒として、歴然と存在しているのである。
 そして、これからもずっと岩間寺の御本尊を信仰する檀信徒である。

 ちなみに龍空住職の祥月命日はその翌日の1月20日であり、醍醐の人間は何故か今も勘違いを続けている。