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お寺はだれのもの?


 お寺は個人の私物ではない…。かつて仲田順和師が裁判で言った言葉です。お寺は誰のものでしょうか。私たち岩間寺檀信徒は、住職の死亡という悲しみを乗り越え、ご先祖を守って頂き慕っている岩間寺に、ある日突然不当に入り込んだ者たちから寺なき難民≠ノされてしまいました。 お寺は、誰のものでしょうか。私たち岩間寺檀信徒はこんな簡単な問いにすら納得できる答えを得られていません。

 現代社会においてこのような宗教集団が仏教界に存在すること自体が残念でなりません。

 檀信徒は、住職と檀信徒が協力して、岩間寺の歴史と信仰を守るものと考えています。このような仲田順和師以下関係者が去り、一日も早く檀信徒が寄り添える清らかな岩間寺に戻ることを願ってやみません。

 もし、この間岩間寺に御参詣いただき、ご不快な思いをされた方がおられましたら、申し訳なく、心よりお詫び申し上げます。

 またご縁の方で岩間寺の事をお尋ねになることがございましたら岩間寺の現状と私たち檀信徒の悲しみをご説明いただけましたら幸甚と存じます。





岩間寺檀信徒は皆さんに訴えます


 仲田順和師は今もって、まともに住職としての法務をしていません。岩間寺の住職として人格、資質ともに不適格であり、私たち檀信徒は仲田順和師が住職であることに恥すら感じます。形だけの信仰心で繕い、裏では宗教集団としてあるまじき言動をしていることは、隠そうとしても隠し切れず、仲田順和師以下関係者以外はみな知っていることです。情けないことに、気づいてないのは当人たちだけです。

 仲田順和師が出した岩間寺よりの年賀状にお蔭様をもちましてお山も順調に歩みを進めています≠ニいう件がありました。岩間寺の檀家の多くはこのような認識でいる仲田順和師以下醍醐寺職員に失望しています。何をもって順調な歩み≠ネのでしょうか。

 仲田順和師は管長になれば、岩間寺の歴史をも都合のいいように改ざんし、信仰を消し、檀信徒をも排除し、自分は何でも出来ると勘違いしている慢心の道でしょうか。

 もし、仲田順和師以下岩間寺に派遣されている醍醐寺職員が心から現在の岩間寺を順調≠ニ感じて疑わないなら、もはや醍醐寺自体が宗教団体としての体を成さない集団に成り下がっているということです。憂うべきことではないでしょうか。

 岩間寺問題は終わっていません。

 私たち檀信徒は、次の点を強く求めます。

 私たち岩間寺檀信徒は龍空住職・妙淨副住職と共に、岩間寺護持発展の為協力を惜しまず、歴史や慣習を重んじてきました。僧侶と檀信徒はそれぞれの立場で、互いに協力し寺院の歴史と信仰を守るものと考えます。

 しかし仲田順和管長は、ご本尊や今日まで守ってきた代々の住職や関係者、そこに寄り添う私たち檀信徒の想いなど全く眼中にありません。

 仲田順和管長の岩間寺住職就任は、岩間寺の正常化どころかむしろ、岩間寺の檀信徒を混乱させ、全国の御信心の方々に不安を与えるとともに、岩間寺境内の荒廃がすすんでいます。

 仲田順和管長は、宗教者の心があるなら、岩間寺不当支配を直ちに止め、醍醐寺職員及び派遣僧侶を岩間寺から退去させ、一日も早く私たち檀信徒が心から寄り添える清らかな岩間寺に戻すよう願ってやみません。